#妊娠 私の初めての体外受精体験 VS 華育
「華育=妊娠」、これがネットで華育を検索したときの第一印象で、とても気に入りました!
華育に行くまでは、自分が体外受精をするなんて考えたこともありませんでした。心の中では拒否感があり、「体外受精は辛くてお金がかかる道」というイメージがあったからです。しかも私は妊娠前の検査結果が良好だったこともあり(39歳ではありますが)、AMHは5.2もあり、医師からも「自然妊娠は可能」と言われていました。華育に相談に行ったのは人工授精について知りたかったからで、39歳という年齢的にもうこれ以上は待てない、積極的に妊娠を目指したい、他にどんな検査ができるかを知りたくて、会社の近くにある華育婦人科クリニックを見つけ、相談予約をしました。
最初に私は人工授精について相談したいことを明確に伝え、コンサルタントの方が人工授精と体外受精の流れや費用をとても丁寧に説明してくれました。その後、徐医師との面談がありました。医師は私の年齢(まもなく40歳)とAMH値が高いことを踏まえ、「卵子の質は年齢に依存するので、今のうちに卵子が多いうちに体外受精をすべきだ」と即座に勧めてきました。当初はこんなダイレクトな提案をされるとは思っておらず、人工授精の話に戻そうとしましたが、医師から「何人子どもを望んでいますか?」と聞かれ、「2人です」と答えたところ、「今のうちに受精卵を作って凍結しておけば、1人目を出産した後に再び卵を採取しなくても、すでに凍結された胚盤胞を使える」と言われました。
この提案には心を打たれました。以前は卵子凍結については知っていましたが、「胚凍結」という言葉は初耳でした。この技術なら染色体の検査も事前にできるし、将来のために胚を準備しておけるのです。2人目にも使えるので、私は体外受精という技術がだんだん好きになりました。
私はすぐに体外受精の治療を決意しました。時間を無駄にしないために、治療前に医師の勧めで卵管の検査を先に受けることにしました。すぐに万芳病院での徐医師の診察を予約し、卵管造影を行いました。子宮鏡でも診てもらい、ポリープが見つかりました。医師からは「採卵時に一緒にポリープも処置できる」と言われました。卵管検査は水腫(胚の成長に影響を与える可能性)を確認するためでしたが、結果は異常なし。翌月、生理3日目に華育へ報告し、治療の準備が始まりました。
治療の流れは簡単に説明すると、経膣エコー、採血、薬の受け取り、排卵誘発注射の受け取りなどです。事前の相談で、注射が怖い人はクリニックの看護師にお願いできると知り、それも華育の好きな点でした。私の注射薬はすべて華育に保管してもらい、毎日仕事帰りに立ち寄って注射を受けてから帰宅していました。自分で注射するストレスがなくなりました。
華育が休診の日には、提携先の婦人科で注射が受けられ、薬もそちらに届けてもらえたので、本当に親切だと感じました。排卵誘発の最後に打つ「トリガー注射(破卵注射)」が最も怖かったのですが、それがちょうど土曜の夜10時にあたってしまい、華育も婦人科も閉まっていました。しかし婦人科に併設されたナーシングホームで看護師さんに注射してもらえました。注射が終わったらLINEで「予定通り完了」と連絡。月曜日には採卵と子宮ポリープの手術のために予定通りクリニックへ。全身麻酔で眠って起きたらもう終わっていて、医師から「24個の卵子を採取できました」と言われました。
採卵の翌日にはLINEで受精結果の連絡がありました。24個採卵して、17個が成熟卵、そのうち13個が受精に成功。事前に10個の胚を切片検査(PGS)する予定でしたが、予算の都合でまず3個だけ染色体検査に出しました。
胚培養の間も、胚培養士さんから電話で胚の分裂状況などを逐一教えてもらいました。前核の分裂に異常が見られたものに関しては、改めて切片検査をするかどうかの確認もありました。5日目の段階で4個の胚があり、6日目にはさらに6個、合計10個を凍結。うち9個を切片(前核分裂が早すぎて1個しか確認できなかったものは切片せず)。6日目にすべての凍結胚のグレードも通知され、PGSの結果は2週間後にわかるとのことでした。
しかし、PGS結果を待っていた頃、突然華育から連絡がありました。「ポリープの病理報告が届きましたので、受診をお願いします」とのこと。少し不安になりながら再診を受けると、医師から「異型細胞が見つかり、前がん状態の可能性がある」と告げられました。まずこの状態を治療してからでないと胚移植はできないとのことで、医師は万芳病院の呉医師を紹介してくれました。何かあれば呉医師とも直接連携してくれると言ってくれました。
その日のうちにPGSの結果も届き、3つの胚のうち1つは正常、1つは異常、1つはモザイクという結果。医師は「良好な胚があるので、まずは異常細胞の治療を優先しましょう」と話してくれました。
すぐに呉医師の外来予約を取りました。呉医師は婦人科だけでなく腫瘍専門でもある信頼できるドクターです。検体を見て「異型細胞で、3ヶ月間薬で治療しましょう」と言われました。治療中は生理が止まり、子宮内膜をホルモン刺激から休ませる目的があります。3ヶ月後に異型細胞が消えたかどうかを再確認します。放置すればがん前病変になるとのことで、私はきちんと毎日薬を飲みました。
3ヶ月後、再び子宮鏡手術を受ける予定でしたが、手術前日に突然生理が来てしまい、慌てました。出血量は少なめだったので、手術には影響なし。ただ、今回の手術後は少し体の疲労感が強かったです。
術後の再診で、「今回もポリープを切除しました」と言われ驚きました。「たった3ヶ月でまた?」と思いましたが、幸いにも今回の病理結果は正常で、異型細胞は見つかりませんでした。私はまた華育に戻って、治療の続きを進めることができることに。
徐医師にも結果を伝え、生理が来たらすぐに来院するように予約。実は術後ずっと出血が止まらず、止血薬も効かず、手術から20日後にまた生理が来ました。「これって本当に生理?」と疑問に思いながら、次の生理を安定して待つつもりでしたが、やっぱり気になって早めに華育を受診することに。翌日の診察を予約したものの、当日にはまた出血が止まり……。
徐医師が超音波で診察してくれて、今回の出血が生理(MC)であると確認され、「胚移植の治療を始めますか?」と聞かれました。あまりに突然で驚きましたが、ようやく移植のステップに進めると思うと感慨深かったです。
しかし、以前の検査では私のCA125値がずっと高く(医師曰く子宮内膜症の可能性)、子宮を休ませて炎症値を下げるために、まずリュープロレリン(閉経注射)を打つことになりました。同時に免疫と甲状腺の血液検査を行い、1回目の注射を受けて翌月再診予定に。
閉経注射の期間中も生理は来ていて、翌月の診察で「もう1回打てば止まると思う」と言われて2回目を注射。再度CA125も採血で確認しました。
さらに翌月の診察で子宮鏡検査を受け、子宮内の様子を確認すると、CA125はすでに正常値でしたが、子宮内はまだ少し赤く炎症が残っていました。医師は「環境がまだ100点ではない」として3回目のリュープロレリンを注射、さらに抗生物質も処方され、また1ヶ月様子を見ることに。私は自分の子宮が炎症を起こしやすい体質かもしれないと心配し、婦人科用のプロバイオティクスを自主的に服用しました。
3ヶ月の閉経注射が終わり、医師から「そろそろ子宮内膜の育成を始めましょう」と言われ、ホルモン検査のため採血を行い、エストロゲン薬「益斯得了(エストラジオール)」を7日間、抗生物質を5日間服用。一週間後の再診で、内膜の厚さはまだ満足いく状態ではなく、さらに3日間エストロゲンを増量することに。その後の診察では内膜は1cmになっていましたが、理想的な「三本線(トリプルライン)」は確認できませんでしたが、移植の準備を進めることになりました。
移植前の投薬が始まり、大量の薬を処方されて帰宅。スケジュールも複雑で、医師から「ある日のお昼11時に黄体転換を行う」と指示があり、その日に診察へ行き、黄体ホルモンの注射(普潤宝)を受けるように言われました。薬の内容もその時間に合わせて調整され、黄体転換(=排卵日)後に新たに服用・使用する薬が加わります。快孕隆、小白球(膣座薬)もこのタイミングで開始です。
(処方された薬の例:益斯得、伯基、康速龙、得胎隆、快孕隆、优洁通<内服&膣坐薬>)
毎日きっちり服薬と膣座薬を続け、ついに移植の日を迎えました。午後に受付を済ませ、膀胱をいっぱいにしてから看護師に伝え、着替えて移植準備をしました。薬の影響か、尿意を我慢するのが本当にきつくて心配でした。
胚培養士が解凍された胚の分裂状況の説明と写真を持ってきてくれて、看護師からは移植後の注意点を説明されました。ようやく私の順番がきましたが、膀胱は限界でとても苦しかったです。手術台に横になり、膣鏡(カモノハシ)を装着。医師が超音波で移植位置を確認し、カテーテルを挿入しながら「これが胚ですよ」とモニターを指してくれました。移植が終わったあと、「金のスコップ」とスコップ型グミをプレゼントされ、「これで赤ちゃんを迎える準備ができたね」と言われて、心がじんわり温かくなりました。
移植後は15分間ベッドで安静にしなければならず、その時間が本当に辛かったです。トイレを我慢していて、苦しみのピーク。でもきっちり待ちました。ようやく時間になって服を着替えてトイレへ向かい、思わず涙が出るほど感動しました。
移植後も前と同じ薬を続け、処方薬を受け取ってから長時間型の黄体油注射を打ち、自宅で安静にしました。14日後に華育で妊娠判定(午前中に採血、午後に結果が出ます)。
この2週間の待ち時間は長く感じられました。移植後2日間は休暇を取り、その後は普通に出勤。毎日ネットで関連情報を読んだり、ドラマを観たりして過ごしました。最初の2日間は下腹部が張る感じがありましたが、その後は無症状。心拍は常に速く、寝汗もかきました。膣薬の影響で起床時に尿道炎のような違和感がありましたが、婦人科用プロバイオティクスを飲むとすぐに改善しました。
本当は結果を待って開示日まで過ごすつもりでしたが、好奇心が勝ち、9日目にフライング検査をしました。うっすら2本目の線が出て、とても嬉しかったです!その後も毎日検査して、線がどんどん濃くなっていきました。
判定日には血中hCGが2184もあり、医師からも「数値がとても良い」と言われました。次の週(妊娠6週目)に超音波で着床位置を確認すると、医師が「当時の移植場所と同じ位置で着床している」と言い、卵黄嚢も見えました。
さらに翌週(7週)に心拍を確認予定でしたが、その2日前、朝起きてトイレに行ったら、大量の出血がありました。生理のような真っ赤な出血で、ティッシュ3枚分くらい。とても驚きました!
でも腹痛はなく、ちょうどその日は土曜日で華育が午前診療していたので、すぐにLINEでクリニックへ連絡しました。スタッフが「すぐにベッドで横になって」と指示し、家族に注射を取りに行かせ、のちに徐医師から直接電話がありました。「黄体水注射を毎朝打ちましょう。あなたは安静にしていてください。出血が止まったら、2日後に診察へ来てください」とのこと。
その後、丸2日間ずっと寝たきり生活で、食事もベッドの上。トイレ以外は一切起き上がらず、背中と腰が痛くなりました。出血は鮮血から茶色へと変わり、徐々に減少。月曜には1日追加で休みを取り、自宅で少しずつ動いて様子を見てから、翌日出勤しました。
さらに2日後(妊娠7週)に再診へ。医師から「赤ちゃんは元気です」と言われ、心拍も確認できて一安心。医師からは1週間の安静証明書をもらいましたが、体調も安定していたので休みは取りませんでした。投薬と毎朝の水注射は継続し、夜服用していた优洁通は不眠になるため中止し、膣座薬だけに切り替えました。
8週の診察では、超音波で赤ちゃんの姿がうっすら確認でき、心拍も正常でした。ただ、夜中にお腹が痛くなることがあり、朝晩2回の黄体水注射に変更。日中の内服薬(得胎隆)だけを残し、座薬は継続。引き続き安胎処置で「とにかく横になるように」と言われました。
9週の診察では、経膣エコーで赤ちゃんが順調に成長していることを確認。小さな出血点(茶色のおりもの)も見え、「3日間休んで完全に止血を」と言われました。毎週安静証明書は出してもらっていたので、私は基本的に1日だけ休み、土日は完全休養としていました。
移植後の診察ごとに長時間型黄体油注射を受けていましたが、3回目のあとからお尻の皮膚が痒くなり、掻きすぎて傷に…。医師に皮膚の塗り薬を出してもらい、油注射はやめて水注射に変更。投薬・注射・膣座薬はすべて継続しました。
10週目の診察では腹部超音波に切り替え。赤ちゃんの心拍は正常で、すべて順調。医師から「卒業ですね。次週からは外部の産科で定期健診を受けてください」と言われ、びっくり!「出産まで何かあればLINEしてね。赤ちゃんが生まれたらまた華育に戻ってきて」とも言われ、医師と卒業記念写真を撮り、「卒業証書」ももらって、突然のことでしたが本当に嬉しかったです!
華育で過ごした日々は、本当に安心できるものでした。コンサルタントのプロ意識、看護師の親切さ、徐医師の判断と投薬。すべて医師の指示通りに進めて、1回の移植で見事に成功!
第2子を望むときも、また華育でお世話になりたいと思います!